東海道の難所から海の難所遠州灘へ:bP
2月5日(土):新金谷〜小夜の中山〜浜岡砂丘〜御前崎
< 強烈な向かい風、激坂「小夜の中山」、 美しい海岸線沿いの自転車道、大宴会 >
今回は茨城の松井さんのクルマで、世田谷の賢賀さん(愛子のパパさん)と3人で行く事になり、当日朝7時、東名高速用賀IC近くのマックに集合した。7時過ぎに無事合流し、3台の自転車は一切分解する事無く、松井さんのMPVにすっぽりと納まった。松井さんはヒロセスポルティーフ、愛子のパパさんはサンジェスポルティーフという、スラッと細い足の美しい自転車、私は大根足の和風ツーリング車である。
東名高速は渋滞もなく、MPVは快適なペースで巡航し、軽く朝食をとるために富士川SAに立ち寄る。そこで、U野さん・まる むさん・ひでさん・宮尾さんの4人組と、もう一組(ごめんなさい、お名前を失念致しました)に遭遇。すでにランは始まっていたのだった。そして9時45分、集合場所である大井川鐵道の新金谷駅に無事到着。
自転車を降ろして準備している間にも続々クルマが到着し、間もなく主催者のくりくりさん(栗林さん)も来られた。馴染みの方々も多く、早くも自転車談義に花が咲く。
やがて最後(←いつもそうらしい)に紅一点『ゆうまちん』(優真さん)を乗せたクルマも到着し、全員揃ったところで、くりくりさんの挨拶、コース、宿、注意事項等の説明を聞く。そして11時過ぎ、いよいよ今回のランが始まったのである・・・・。
この報告は事実のみを淡々と述べるにとどめております(ホントか?)。
あらかじめご了承願います。
(09:46)我々のすぐ後に到着した静岡限定主治医saiplessさんが愛車を組み立てている。そう言えばsaiplessさんのアルプスは10月の伊豆修善寺では輪行袋に納まったままだったっけ。
ちなみにホームに見えているのはオハ47旧型客車である。大井川鐵道は旧型車両の宝庫であり、しかも昔の塗色のままの車両がほとんどである。元『鉄ちゃん』としては、スタート地点がここである事は今回のランの楽しみの一つであった。
(09:48)オハ35系旧型客車。オハ47系と同じ台車(TR23)を利用しており、スハ43系の一世代前にあたる。
(09:50)ひでさんのクルマで到着したのは、U野さん、まる むさん、そしてアオバ自転車店の宮尾さん。宮尾さんはモリオの蚊トンボを借りてきたらしい(笑)
(10:03)新金谷駅本屋。
この駅は昭和6(1931)年に建てられた。
(10:26)元西武鉄道の201系電車と、元大阪のセメント工場専用線用として製造されたロコのED501「いぶき」。
(10:54)こちらはC12であるが、この164号機は(財)日本ナショナルトラストが貴重な産業文化遺産として所有しているもので、大井川鐵道で保存運行しているものである。
(11:01)さて、元『鉄ちゃん』として車両の撮影に夢中になっている内に、ふと気付くと既に多くのメンバーが集まって来ているのだった。多分、半分以上の方々はどこかでお見かけしている人達であるが(笑)
(10:55)ほぼ予定のメンバーが揃ったようであるが、「ゆうまちん」がまだ来ていないらしく、くりくりさんが気をもんでいた。
(11:08)やがて全員が揃ったところで、11時過ぎにいよいよ出発した。
(11:13)天気はいいが、西からの強い季節風が向かい風となり、なかなかペースが上がらない。
(11:44)強烈な向かい風の中、出発して約30分で「お茶の郷」に着いて小休止。
(11:53)「お茶の郷」のすぐ脇の公園。
(11:54)公園からは富士山が綺麗に見える。(画面中央)
(12:04)「お茶の郷」から少し進むと、金谷坂のピークである。ここから左の急坂を一気に下ることになる。
(12:06)勇躍ダウンヒルに臨むスナフキンさんのK.H.S。ダウンヒルの横Gと乗員の体重に耐えるホイールは、もちろん『井上組み』・・・・ですよね?
(12:13)菊川まで一気に下ると、いよいよ小夜の中山への激坂登りの開始である。皆さん、最初から押しモード。
(12:15)いやはや、急な登りとは聞いていたが、まさかこれほどとは思わなかった。とにかくひたすら押しあげるのみ。
(12:17)向こうに見える山の上から下ってきて登り返すのだから、そりゃきついわな。
(12:27)峠手前の久延寺。慶長5(1600)年には掛川城主だった山内一豊が関ヶ原の戦に向かう徳川家康をもてなすためこの寺の境内に茶室を設けた。また「夜泣き石」伝説でも有名。
(12:29)小夜の中山峠の茶屋「扇屋」にて後続の到着を待つトップグループ。峠と茶屋の組み合わせがいかにも旧街道の趣きである。
(12:44)小夜の中山峠全景。昼食はここでいただくことになり、くりくりさんから、藤枝宿「瀬戸の染飯」の配給を受ける。染飯については↓を参照。
(13:00)昼食も済み、菊川のサイクリングロード目がけて下っていく。目線がル・ヴィトンのフロントバッグに向けて一直線なのは、誰あろう、征ラ大将軍こと賄い侯爵こと岩田さん。
(13:17)快適なダウンヒルを終えて、新幹線高架を過ぎた河城の分岐地点で後続を待つ先頭集団。
その後30分近くたっても誰も下りてこなかったが・・・・
(13:43)結局パンクとバーストのトラブルだったとの事で、全員揃ったところで再スタート。
(13:50)まもなく菊川沿いのサイクリングロードに入った。この頃には少し風も治まってきて、ペダリングも快適になってきた。
(13:59)ガード付きの自転車が列をなして進む様子は、たいへん美しい。
ここでクイズ「画面左端のグレーのニッカーの人物は誰か。なおリフレクターの製品名も示せ」
(14:13)サイクリングロードをのんびりと流す集団。
(14:29)まもなく休憩ポイントの歴史街道館に到着。
(14:36)休憩のたびに自転車に見入る人達。
(14:50)さて、そろそろ出発である。台風の修善寺でご一緒させていただいた白鳥さんにもお会いした。
(15:18)海岸に出たら快適な自転車道があると聞いていたが、これがその自転車道?
(15:20)後半がシクロクロスとは聞いていなかったが?
(15:20)実は西側からここまで、完全に砂に埋まっていたのだった。
(15:21)澄んだ青空をバックにした砂浜が美しい。皆さんもしばし遠望を楽しむ。
(15:22)太陽もやや西に傾き始め、逆光の中にシルエットを浮かび上がらせる我が貴婦人と松井さんの愛車。
(15:23)さて今日の行程も残り僅かである。御前崎に向かって進むことにしよう。
(15:28)追い風気味の中、美しい海岸線沿いの自転車道を飛ばして行く。saiplessさんの╋マーク入りサドルバッグの中身は緊急用医療器具と薬品である。
(16:19)その後、自転車道から県道357号線に入り、追い風を背に受けて平均35〜40km/h近いスピードで疾走する集団バトルとなった。私は懸命にまる むさんに付いて行ったものの、最後の上り坂でぶっちぎられて、あとは一人旅となった。
(16:24)本日の宿である「割烹民宿聖火」には16時20分に到着した。その後三々五々、各メンバーが到着。
(16:25)宿に入る前に、自転車の掃除を済ませる。と言ってもタイヤを拭く程度であったが。
何はともあれ、皆さんお疲れさまでした。
フロにも入ってサッパリしたところで、時間も6時半となり、宴会場に入る。宴会場には皆さんの愛車が所狭しと置かれ、舞台には何故かスロットレーシングのコースも設置されている(笑)
すでに自転車を囲んで熱心なオタク話に花を咲かせている者もいる中、司会進行役の愛子のパパさんがハンドマイクを握り、宴会の開始を告げた。
はじめに愛子のパパさんとくりくりさんから、過去4回のランについて説明があった後、N Bさんによる乾杯の音頭を合図に、皆、目の前の豪華な料理に箸をのばし始めた。酒が入るにつれて自転車の話に盛り上がるグループ、「オレは飲めない」といいつつ、ガンガン飲み始めたあげく一人騒いで回りの連中からどつかれている者(誰でしょう?)、静かに杯を傾けている先輩諸氏。そんな中、『本当に』に飲まない私は、黙々と料理に舌鼓を打つのであった。
(18:20)各自の部屋に荷物を置き、フロを浴びてサッパリした後は大宴会である。畳の上に自転車が直接置いてあるのがすごい(笑)。
(18:20)舞台にはスロットレーシングのコースが。
(18:39)いよいよ宴会が始まった。
(18:40)まずは飲みましょう、食べましょう。
(18:53)これが本日の献立。新鮮な魚貝類が盛り沢山である。鍋もとても美味しい。
(19:06)今回のランを企画いただいたくりくりさん。既に目元がアヤしいのは、帰りの交通費の算段もついて、安心しているM裏さん。
(20:11)それぞれがそれぞれのペースで楽しんでいる宴会だが、話す事と言えばほとんど自転車の事ばかりというのが・・・・(笑)
(21:01)恒例となっている(らしい)邪ラ合戦が始まった。。このお二人が邪軍、ラ軍それぞれの司会役であるが、どちらが邪でどちらがラなのかは、言うまでもない。わかりやすいお二人である。
恒例の邪ラ合戦も始まり、熱心に参加している者もいれば、ひたすら飲む奴、レーシングカーに興じる人、ますます騒がしくなって帰りの交通費稼ぎにパーツリストを回す奴。こうして宴会の夜は更けていくのであった・・・・。
−−−< 2月6日(日)に続く >−−−