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1.キット製作記

 比較的最近製作しているキットの製作過程を記録しています。このページのセクション7に書いているように、2013年の秋に発売された丸目4灯のTE71カローラ1600GTのキットが製作したことで、プラモデル製作意欲が再燃してしまいました。

2.はじめて作ったのは4歳のとき

 初めて作ったのは4歳の時、今から思えば三共かマルサンの「いすずベレル」でした。その後小学校から中学校にかけて、タミヤの1/35戦車(モーターライズ)、日模の艦船模型(主に旧日本帝国海軍連合艦隊の戦艦、重巡)、イマイのサンダーバードやサブマリン707・青の6号シリーズ、長谷川やレベルの1/72戦闘機シリーズ、その他各種自動車モデル等を作っていました。もっとも最近は作る時間もなかなか取れませんし、手元が見え辛くて、小さな部品の組み立てに難儀しています。

 三共は、日本のプラモデル創世記に「ピーナツシリーズ」という小箱に入った飛行機モデルで有名なメーカーでした。今から思えば実にチープなモデルですが、当時は世界の有名な戦闘機などが手軽な値段で買えることから、私もずいぶん作った記憶があります。今はもうありません。

 マルサンは日本最初のプラモデルメーカーです。私も飛行機や東宝怪獣シリーズ、ウルトラセブンのメカなど、相当作りました。今はもうありません。ちなみに初期のウルトラホークのモデルは、程度の良い未組立品だと100万円以上するようなことを聞いたことがあります。

 プラモデル作りはサイクリングに出掛けない日のインドアホビーとして、今後も楽しんでいきたいと思います。


3.小学生の頃 - ゼンマイカーでのレース

セントラルモケイ 小学生の頃には、ゼンマイ動力のブラモデルのレースカーを自分なりにチューンしたり軽量化したりして、団地の廊下で仲間と毎週定期的にレースを開催したりしていました。
 廊下の端から端をサーキットに見立てて、母親から借りた長目の竹の物差しを立てておき、フルにゼンマイを巻いた各自のレースカーを物差しで止めておいて、物差しを持ち上げると一斉スタートです。

 ゼンマイカーは今でいうチョロQのような動力ですが、プルバックではなく、いちいちゼンマイを巻くという手順が必要でした。クルマが停止するまでは触れてはならず、停止したら再びゼンマイを巻く(=ピットストップのガソリン補給ということ)というルールで競走していました。

 レース結果やマシン解説を掲載した手書きのレース広報誌まで発行して結構真剣に競っていたのですが、今から考えると、結構マニアですね。
 使用するマシンは\100〜\200程度で売られていた1/32スケールのレースカーが主体で、さまざまな小メーカーが乱立していましたが、なかでも「セントラル模型」が発売していたワールドチャンピオンシリーズは、当時の有名なレーシングカー(マクラーレンM6A、チャパラル2E/2F、ローラT70、ニッサンR381等)が、 それなりのスタイルで再現されており、レース好き少年の間では人気のモデルでした。

 当時はアメリカとカナダで開催されていたCAN-AMという排気量無制限のグループ7のレースが日本でも人気で、日本国内でも日本グランプリというレースで日産R381やトヨタ7、いすずR7といったレーシングカーがメーカー同士の熱い闘いを繰り広げていました。
 私達のゼンマイカーレースも排気量無制限ならぬゼンマイチューン無制限とかタイヤ選定自由などというルールのもとで競っていましたが、オートスポーツ誌の解説記事などをもとに、工作用紙からモノコックフレームを自作したり、ちゃんとした翼断面に折り曲げたウイングやスポンジ利用のサスペンション装備まで施したマシンを製作するまでになりました。

 

 

 

 

4.スロットレーシングカー

SLOT RACING  中学生の頃には、溝にガイドを差し込んでDC12Vで走らせるスロットレーシングカーにも夢中になった時期があり、最後は真鍮線や真鍮板、真鍮パイプで軽量シャーシをハンダ付けで自作して、モーターも巻き線増加、ローターのバランス取り、強化ブラシの組み込み等やりました。でも結果としては、たいていデチューンになったりしたものです。
 写真はいまでも残っている当時自作したシャーシとパーツ、1970年版のアオヤギ金属工業の青焼きカタログです。

 スロットレーシングカーは昭和40年代前半に突如ブームとなりましたが、少年の非行化を招くという名目であっという間に沈静化してしまいました。現在はハイディティールのボディと内装表現、規格化されたシャシーとモーターによる静かなブームがあり、1/32スケールが中心のようですね。
 昔のコグレやタミヤ、Coxやモノグラムなどの絶版モデルはすごい高値でオークションなどに出てきますが、こういう所は自転車のクラシックパーツの世界と全く同じです。 

5.SFものあれこれ

 サンダーバードシリーズも一体幾つ作った事でしょう。特にコンテナ装備のTB2が大好きでした。当時、秘密基地やゼロエックス号、モーターライズの5号などの大物キットは子供の小遣いでは手が出せず、比較的裕福な家の友達が買ってもらうと、みんなで見に行ったものでした。
 現在でもアオシマから新製品としてハイディティールのものが発売されています。
 サンダーバードは現在50歳代から上の人なら、一度は夢中になってテレビにかじりついたのではないでしょうか。私は初めてテレビで観た時、その特撮のリアルさに驚き、世界に冠たる円谷プロの特撮が急に色あせてしまった気になりました。
 いかにも実際にありそうな各種施設やメカの数々、TBのリアルな飛行シーン、良く練られたシナリオ、そして名脇役とも言えるペネロープ(本当はペネロピー)やパーカー、ミンミン(本当はティンティン)、悪役フッドなどの存在感、あらゆる点が少年にとって感心することばかりでした。ジェットモグラのプラモを買って、公園の砂場で実際に潜らせようとして、あっという間に壊してしまったりしたことも懐かしい思い出です。
 2013年には各地でサンダーバード博が開催され、2015年には日本での放映開始50周年となったサンダーバードは、親子二世代、三世代に渡って、今でも根強い人気がありますね。

 知っている人は知っている、小沢さとるの海洋冒険マンガのサブマリン707や青の6号に代表されるゴム動力自動浮沈式の潜水艦モデルも子供達には人気がありました。
 私も学校の観察用の池や銭湯で楽しんでいましたが、接着のまずさから自動浮沈ならぬ自動沈降で二度と浮かび上がってこなかった事も何度もあり、そのたびに悲しくなりましたね。
 サブマリン707と青の6号はイマイがプラモ化していましたが、単に走るだけでなく、脇腹から、これもゴム動力の魚雷が飛び出したりするギミックが仕込まれていて、メカメカしいプラモでした。まあ、現実にはなかなかうまく作れませんでしたが。 

サンダーバード、青の6号

6.最近の製作の中心 - NASCARキット

 プラモデルの製作はサイクリングと並んで、未だに私の趣味の一つで、数年に一度は製作意欲が沸き上がってきます。もっとも、2017年にはついに還暦を迎えてしまい、老眼で手元が見え辛く、小さな部品の組み立てに難儀していますが。
 現在製作のメインとなっているジャンルはレースカーや国産乗用車を中心としたクルマです。
 ただし、レースカーと言っても、F1やSUPER GTなどではなく、NASCARストックカーが中心です。ちなみに私は何故か小学生の頃からストックカーが好きな変な奴でした。
 NASCARは、"National Association for Stock Car Auto Racing" の略で、毎年2〜11月にかけて、全米を転戦するオーバルコース主体のシリーズです。日本ではあまり知られていませんが、実は年間観客動員数が世界有数のプロスポーツとして、アメリカではMLB、NBA、NHLなどと並ぶ人気を誇っています。昔は純粋にアメリカ車だけのレースでしたが、近年はアメリカでの拡販目的もあって、トヨタもCAMRYで参戦しており、2015年シリーズではカイル・ブッシュが、2017年シリーズではマーティン・トゥーレックスJrがシリーズチャンピオンに輝きました。
 現在のNASCARストックカーは、約800HPを絞り出す排気量5.8リッターのOHV-V8エンジンを積み、パイプフレームのシャーシに外観のみ市販車に似せた純レーシングカーですが、1970年代前半までは、ストックカー、すなわち文字通り市販車を改造したフルサイズ2ドアハードップボディに排気量7リッターのOHV-V8エンジンを積んでいました。

 以下、作例をいくつかご紹介します。現在、NASCARのキットはアメリカのプラモデルメーカーのみが生産しており、1960年代に販売されていた絶版キットの復刻も含め、1950年代から最新のものまで、かなりの種類が揃います。ただし日本国内に輸入される数も少ないので、私はもっぱらアメリカのホビーショップのネット通販で入手しています。

NASCAR  この2台は、1969年のマーキュリー・サイクロン・スポイラーU、1964年のプリムス・ベルベディアで、それぞれ比較的近年に発売されたアメリカのポーラライツ社、リンドバーグ社のキットを組み立てたものです。
 どちらも古くからのNASCARファンならよく知っている有名なクルマで、現在に至るまでゼッケン21を採用しているウッドブラーズチームが1969年に走らせていたケール・ヤーブローの搭乗車と、アメリカでは"The King"と呼ばれているリチャード・ペティが1964年のデイトナ500で優勝した時の搭乗車で、ペティブルーと言われる青色の塗装とゼッケン43も未だに使われています。

NASCAR Ford この5台は1972年から2017年までフォードのストックカーを年代順に並べてみたもので、左から順に1972年トリノ、1987年サンダーバード、1997年サンダーバード、2003年トーラス、2017年フュージョンです。1972年トリノのみは既に廃業したJO-HANというプラモデルメーカーの絶版キット、それ以外はモノグラム、レベルのキットを組み立てたものです。

NASCAR Dodge このクルマは1966年にデビューしたダッジ・チャージャーのストックカー仕様で、2018年6月にほぼ完成しました。ベースキットはアメリカレベルの1967年型ダッジチャージャーの市販車仕様と、リンドバーグの1964年型プリムスベルベディアのストックカーレース仕様です。

Base kit  どちらも実車は当時のクライスラーの"B-Body"というプラットフォームがベースなので、ダッジチャージャーのボディと内装の一部、プリムスの下回りやエンジン回りを合体させましたが、ホイールベースや車高、エンジンルームや室内パーツなどのすりあわせには思ったより時間がかかりました。
 例えばNASCARレース仕様のロールケージはプリムスキットのものではうまく車内に収まらず、形状も1964年と1966年では異なっており、1966年当時のNASCARルールに準拠したものをプラ丸棒から自作しました。またダッシュボードは市販車キットの計器板回りをカッターで切り取ってから、プラ板と60年代当時の各種メーター類のデカール(アメリカのプラモデル用デカールメーカー製)でレース仕様に変更しています。
 ボディについては、市販車仕様の各種モールやエンブレムの削り落とし、フェールリッドの彫刻のパテ埋めとレース仕様の給油口とフェールキャップの再現、ボンネットとトランクリッドへのキャッチピンの取付、テールライト回りの除去工作、トランクリッド後端へのスポイラー追加等を行っています。
 デカールは、私がよく利用しているアメリカの通販ショップ"Mike's Decals"から取り寄せたもので、当時の有力チームの一つであるCOG(Cotton Owens Garage)が走らせたデビッド・ピアソン搭乗車のマーキングです。
 まだボディの研ぎ出しや細部の仕上げが残っていますが、また時間を見つけて手を加えていきたいと思います。

NASCAR Mercury このクルマはマーキュリーマローダーファーストバックの1964年型ストックカーで、2018年8月に完成しました。ベースキットはAMTの当時物の再販キットで、ストック・カスタム・レーシングのいずれかを製作可能な3in1キットですが、当時のNASCARストックカーレース仕様にするために、あちこち手を入れてあります。

Base kit  室内は、後部座席除去、当時の規則に準じてプラ丸棒で自作したロールケージの組み込み、計器やシート、ステアリング等の改修を施してあります。
 ボディは、市販車仕様の各種モールやエンブレムの削り落とし、レース仕様の給油口とフェールキャップの再現、エンジンフードとトランクリッドへのキャッチピンの取付等を行っています。
 デカールは当時のマーキュリーの有力チームのものを、例によってアメリカのホビーショップから取り寄せています。

 それにしても、1964年と言えば、日本では高級車のトヨペットクラウンでも1.9リッターエンジンがグロス表示で100HPも無い時代なのに、アメリカではフルサイズの2ドアハードトップに400HP以上のエンジンを積んでレースしていたのですから、時代の差を感じますね。
 当時のレースの様子はYouTube等にいくつもアップロードされています。興味のある方はこちらの「1964 NASCAR Motor Trend 500」などをご覧になってみて下さい。


7.かって所有したマイカーの再現

 昨年(2013年)秋、私の最初のマイカーである丸目4灯のTE71カローラ1600GTのキットが発売されたことで、ボディの幅詰めその他様々な手直しを加えてなんとか完成させました、また、これもマイカーであったインプレッサWRXスポーツワゴンにも手を付け、こちらも2つのキットの合体となり難儀しましたが、最近なんとか完成させました。

  1. TE71カローラ1600GTは、昔イマイが発売した後期型角目2灯カローラGTをベースとして、アオシマが前期型丸目4灯のフロントグリル、前後バンパー、テールライト、計器板デカールなどをセットして発売したものです。
    前期型と後期型はヘッドライトや前後バンパーのみならず、フロントサイドマーカーランプ、サイドモール、ボンネットの形状やプレスラインなども違うのですが、さすがにボディは後期型のままでした。 また発売当時はモーターライズだったため、単3電池を後部座席下に納めるようになっていて、ボディ全幅が実車換算で約1,730mmほどにもなっています。
    結局、以下のような改修を施しながらの製作となりました。

     ・ボディ幅を4mm弱詰めて、それに合わせてバンパーとグリルも幅詰め
     ・ボンネット中央にプレスライン追加
     ・後期型サイドモールを削り取り、細く切ったプラ板で前期型サイドモールに加工
     ・フロントグリル上部メッキ部分をスジボリ
     ・フロントマーカーランプ部分を前期型のイメージに加工
     ・フロント3点式シートベルト、リヤ2点式シートベルト追加
     ・6点式ロールバー追加
     ・ドライバーズシートのみ4点式シートベルト追加
     ・アバルト風3スポークステアリングホイール装着
     ・実車換算14インチ相当の8スポークホイール装着
     ・実車換算185/60ラリータイヤ装着

    このようにかなり手間は掛かりましたが、そこそこ当時のマイカーの雰囲気は出せたと思います。

  2. 私が乗っていたインプレッサWRXスポーツワゴンは、STi Ver.Wです。初期型のWRXスポーツワゴンはハセガワから発売されていますが、フロントグリル、リヤバンパー、リヤスポイラー、ホイール、内装など、Ver.Wとの相違点は結構あります。
    また、Ver.Wはフジミが発売していた2ドアクーペのtype.Rしかありません。そこで、フロントバンバーとグリルを一体で切り出して、ハセガワのワゴンに移植し、リヤバンパーも移植しました。その上でどう見てもVer.X以降にしか見えないフロントグリル回りを大幅加工し、内装とシャーシはフジミのものをほとんどそのまま流用しました。
    他にも手を入れられる部分はありますが、とりあえずここまでで一旦完成としました。

 写真でもわかるように大雑把な加工で仕上げはかなり粗いですが、雰囲気は充分再現出来たので、まあ良しとします。

TE-71、GF8


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