Miroir du cyclisme No.4:ツール歴代優勝者 Part.2

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Miroir du cyclisme

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 "Miroir du cyclisme" は、かってフランスで発行されていたレース専門グラビア誌です。日本語ですと「ミロワール・ド・シクリズム」とでも表記すればよいでしょうか。私は1976年9月のNo.222から1978年9月のNo.257まで約2年間にわたり定期購読していました。ちなみに本誌は既に廃刊となっています。フランス語は全く読めませんが、本場ヨーロッパのプロロードレースの迫力は、写真だけでも充分伝わってきました。
 現在もすべて手許に保管してあり、このページでは、その中からピックアップした画像をご紹介しています。画像サイズがやや大きめかつ多いので、多少重たいページとなっている点はご容赦下さい。

左の写真はNo.222の綴じ込みポスターをスキャンしたものです。ミロワール30周年記念(?)とあるようです。

壁紙等で使えるような大きな画像も用意しました。
サイズは1280×1120です。マウス右ボタンで保存出来ます。

※本ページの画像は著作権保護対象と思われますが、本ホームページではあくまで趣味の範囲での使用に限定するものとしております。権利関係で何か問題が明らかになった場合は、即刻削除等の処置を致します。


今回はツール歴代優勝者の写真 の続きということで、いよいよE・メルクス黄金時代に入ります。写真はミロワールNo.252(ツール75周年)、No.234(77年ツール特集号)などから再録しました。
なおコメントを書くにあたっては、引き続き、安家達也著「ツール100話」(出版:未知谷)を参考にさせていただいております。

このサインはエディ・メルクス本人直筆のものです。 1985年10月、シマノの招聘で来日した時に、某Aさん(笑)がいただいたものです。
Aさん、大変貴重な画像をご提供いただき、ありがとうございます!


 

さて、いよいよエディ・メルクスの時代が始まります。ジャック・アンクティルに次いで、2人目のツール・ド・フランス5勝を果たした事は、皆様よくご存知でしょう。
Cannibale(人喰)と呼ばれるほど、ありとあらゆるレースで勝利を収め、主だったレースだけでも、ツール5勝、ジロ5勝、世界選手権4勝(アマチュア時代の1勝含む)、ミラノ・サンレモ7勝、フレッシュ・ワロンヌ3勝、パリ・ルーベ3勝、リェージュ・バストーニュ・リェージュ5勝、ツール・ド・ロンバルディア2勝、パリ・ニース3勝、トロフィー・バラキ3勝、ツール・ド・フランドル2勝・・・・と、とうてい全てを書ききれない勝利を飾っています。勝利数ではダントツの、史上最強の選手ですね。ステージレース、ワンデーレース、平地、山岳、TTとあらゆるジャンルでこれだけの勝利をあげる選手はこれからも出てこないのではないでしょうか。
上の右側の画像は、ミロワールNo.252の付録の大判ポスターで、1969年のツール初出場・初優勝の時のものですが、すでに自らの名を刻んだ自転車に乗っているところがすごいですね。これは確かKESSELで作らせたものではなかったかなと思います。ブレーキレバーやチェーンリングには軽量化のための穴が開けられ、リング内側の枠は切り取られています。

1969年のツールを走るマイヨジョーヌのメルクスと総合2位のロジェ・パンジョン。パンジョンのプジョーは黒くペイントされたナベックスコンチネンタルラグ仕様で、フロントがスライド式のサンプレックスクリテリウム、ストロングライト63チェーンホイール、マファックレーサーという、ややクラシカルなものです。

初の総合優勝のメルクス。やはり初々しい感じがします。
ちなみにこの年はスプリント賞、山岳賞も獲り、全22ステージ中、6ステージで優勝、2位が4回、3位が1回という圧倒的強さでした。

1970年の個人タイムトライアルの1シーン。
"Merckxissimo"という造語に、あまりに強すぎるメルクスへの賛美(呆れ?)が感じられます。

1970年優勝後のパレード。
2位のズートメルクもまだ若い感じがします。
ちなみにこの年もステージ8勝です。
 

1971年は強敵ルイス・オカーニ ャが立ちはだかりました。しかしピレネーの第14ステージ、雨と霰のマント峠の下りでメルクスとオカーニャは転倒。立ち上がったオカーニャにズートメルクら3人が相次いで激突し、オカーニャはマイヨジョーヌを着たままリタイヤとなります。
そしてメルクスがツール三連覇を果たしたのでした。

1971年のライバル達。BICのジャージがオカーニャ、その後ろにテブネ、ズートメルクが続いています。
なお、この画像ではわかりにくいですが、メルクスの自転車は確かコルナゴ製だと思います。

1972年、メルクスはツール四連覇をとげます。しかしこの年はメルクス以外に唯一人マイヨジョーヌを着た選手がいました。それは若干25歳のシリル・ギマールです。(左上囲み写真のマイヨヴェールの選手)
ギマールは毎日メルクスと死闘を演じましたが、最後は膝を痛めてリタイヤしています。
しかしギマールはその後、監督として成功を収め、彼のもとでインプ、イノー、フィニョンがツールで優勝しています。

1973年のツールを欠場したメルクスは1974年に5度目の総合優勝を果たします。この年も8回のステージ優勝を飾っています。
なおこの年はジロ・デ・イタリアも3連覇、そしてモントリオールの世界選手権でも優勝し、初のトリプルクラウンを獲得しています。
 

1975年、メルクスは史上初の6勝目を目指しました。しかしニース〜プラ・ループの第15ステージ、プラ・ループのゴールへの最後の登りで、メルクスのスピードが急に落ちて、総合2位だったベナール・テブネに抜かれてしまいます。最終的には、2分47秒差をつけて、テブネが初優勝、メルクスは2位となったのでした。

1975年ツール最終ステージは、史上初めてパリ市内シャンゼリゼがゴールとなりました。前年の世界チャンピオンであるメルクスはマイヨアルカンシェルを身にまとい、マイヨジョーヌのテブネとともに凱旋しています。
総合3位はルシアン・ヴァン・インプ、4位はヨープ・ズートメルク、5位がフェリチェ・ジモンディで、39歳(!)となったレイモン・プリドールも19位で完走しています。
それにしても、もしメルクスが同時代にいなければ、ここにあげた選手達も2勝以上あげたに違いないでしょう。

さて翌年1976年はルシアン・ヴァン・インプ、1977年はテブネ、1978年はあのベルナール・イノーが勝利します。

次のNo.5は、今でもファンが多いメルクスに関するさまざまなシーンを取りあげます。

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